随意随想

高齢者は身体・精神・社会的フレイル(虚弱)に注意!

同志社大学教授・運動処方論 石井好二郎

 2014年9月号の本欄で、“フレイル”のことを紹介しました。“フレイル”とは2014年5月に日本老年医学会が提唱した概念であり、「加齢とともに心身の活力(例えば筋力や認知機能など)が低下し、生活機能障害、要介護状態、そして死亡などの危険性が高くなった状態」のことを言います。“フレイル”は英語の「虚弱」を意味する“Frailty”から来ており、「加齢に伴って、もう戻らない老い衰えた状態」との印象を与えますが、それは間違いです。“フレイル”は「適切な介入・支援により、生活機能の維持向上が可能である」との意味合いが含まれています。

 加齢に伴って、食欲の低下、活動量の低下(社会交流の減少)、筋力低下、認知機能低下、そして多くの病気を抱えるようになるなどの変化が生じます。それを『もう年だから』と放っておくと、多くの高齢者が“フレイル”を経てから徐々に要介護状態に陥ってしまいます。

 具体的に述べれば、前期高齢者は比較的健康度が高く活動的であり、社会的な貢献度・(有償無償を問わない)就労意欲・自己の健康管理活動も高いレベルを保っている方が多くいます。しかしながら、低栄養や転倒・サルコペニア(筋肉・筋力の減少)、尿失禁、軽度認知障害(MCI)などから“フレイル”になっていきます。

 現在、“フレイル”は身体的な面だけでなく、精神的な面、社会的な面をも含んで考えるようになってきました。身体的な面では「食が細くなる(低栄養)」「転倒しやすくなった」「噛む・飲み込む・発音がしづらくなった」などがあります。精神的な面は「意欲・判断力や認知機能の低下」「うつ」などがあり、精神面では「外出減少」「閉じこもり」「孤食」などがあります。これらは相互に関連しており、これをそのままにしておくと負の連鎖が加速し、要介護さらには死に至る危険性が高まります。

 残念ながら、現時点では“フレイル”は概念であり、診断基準は作成されていません。昨年(2015年)、日本の研究者により“フレイル”である可能性を判断する『フレイルインデックス』が発表されましたので、自己診断してみてください。

 さて、いかがだったでしょうか?3点以上で“フレイル”、1〜2点で“フレイル”、0点で“健常”の可能性があります。なお、2年間の経過観察を行なったところ、“健常”の方は0・7%が亡くなりましたが、“フレイル”の方は2・0%、“フレイル”の方は何と7・8%も亡くなっていました。すなわち、“健常”の方に比較して、“フレイル”の可能性のある方は10倍以上も亡くなる危険性が高いということになります。

 これらの状況から、国は予防・健康づくりの動機づけの強化や、栄養指導等の充実を推進するようにしています。後期高齢者の保健事業のあり方は、生活習慣病の発症予防というよりは、生活習慣病等の重症化予防や低栄養、運動機能・認知機能の低下など“フレイル”の進行を予防する取り組みがより重要となってきます。繰り返しになりますが、『もう年だから』と放っておくことなく、積極的に社会に参加し、身体を動かし、活き活きと意欲を持って生活することが重要です。

 伊能忠敬(1745〜1818)は平均寿命50〜55歳(元服まで生存していた場合)の時代に、50歳で隠居し測量を学び、55歳より大日本沿海輿地全図作成のため測量の旅に出ました。15年の歳月をかけて歩いた距離は約4万キロ。73歳という当時としての長寿をまっとうしました。忠敬の身長は残っている着物の丈より160センチ程度であったと推測されています。高齢者の歩幅は通常身長の約1/4〜1/3程度ですので、40〜53センチとなりますが、忠敬の歩幅は約69センチであったとの記録が残っています。初の日本地図を完成させるという意欲を持ち、人々と議論や計画を練り、力強く歩く忠敬の姿は、“フレイル”予防のお手本と言えるでしょう。

随意随想 バックナンバー