随意随想

ストレッチング再考 〜伸ばすの? 縮めるの?〜

NPO法人JMCA理事長 羽間 鋭雄

腰痛、膝痛、肩こり…

 この3月末をもって関西学院大学を定年退職した。教職歴40年はあっという間という感じもしないではないが、振り返ってみると想い出はいっぱい詰まっている。多くの私立大学は65歳がいちおうの定年で、そのあと特任教授として毎年契約更新で70歳まで大学院授業を担当するというのが通常の姿である。我が大学は68歳が定年で、後は非常勤講師として大学の授業科目を担当するか、名誉教授となって、大学に貢献する。名誉教授という誉れ高き称号だが、本当に名前だけで、個人研究室があるわけもないし、お手当があるわけでもない。せいぜい大学図書館を自由に使えるくらいのものだろうか。

 高齢者の増加と、運動不足を助長する便利な現在の生活様式がもたらす弊害があいまって、腰痛、膝痛、肩こりなど運動器官や機能に不都合を持つ人がどんどん増えているようです。筋肉や関節の痛みや機能障害は、競技などの激しい運動によっても生じるので、高齢者特有のものではありませんが、高齢者のそれらの障害は、ほとんどが、加齢による各種機能の衰えと運動不足が大きな原因であると考えられます。

 また、毎日のように、その予防法や治療法の特集がTVや雑誌で取り上げられ、驚くほど多数の書籍が発刊されています。

 それらの方法の内容を分析してみると、@ストレッチング A体操 Bひずみ矯正に分けることができます。

ストレッチング

 現在多くの人が知っているストレッチング(静的ストレッチング)とは、従来行われていた反動をつけて筋肉を伸ばす方法(バリスティックストレッチング)ではなくて、反動をつけずにゆっくりと筋肉を伸ばしていき、強い痛みを感じる手前で20〜30秒間保持する方法です。

 ストレッチングには、関節を動かす相反する筋肉(拮抗筋)の一方が収縮すると反射的に他方が弛緩することを利用して、伸ばそう(緩めよう)とする筋肉の反対側の筋肉を収縮させる(大腿後側の筋肉を緩めるために大腿前側の筋肉を収縮させる)方法(ダイナミックストレッチング)や伸ばしたい筋肉をストレッチした状態で保持した後に、その状態を保ったまま抵抗を克服しながら元の位置に戻してから脱力する方法(PNFストレッチング)などがあって、スポーツや治療の世界において目的に応じて使い分けられています。

体操

 日本の文化の一つともいえるラジオ体操をはじめ、いろいろな体操がいろいろな形で普及していますが、自分のできる限りのびのびと行えば、どんな形(振付)の体操であろうとすべて健康に役に立ちます。

ひずみ矯正

 医師でありながら薬で治せない患者の多さのために近代医学に失望し、様々な治療法を訪ね歩いた結果、「すべての病の根源は体のひずみにある」との結論に達した橋本敬三医師は、一切の投薬を止めて、自ら「操体法」と名付けた施術法であらゆる患者の治療にあたり、40年前の「万病を治せる妙療法」(農文協)の発刊によって、その成果が世に知られるようになりました。私も、橋本先生に指導していただいた一人ですが、その神髄に触れ、心から感動した人々の努力によって「操体法」は全国に広がり、今も各地で地道な普及活動が続けられています。

 「操体法」は、ひずみの矯正以外にも、自分自身でしかできない「息、食、想、動」と環境のバランスを取ることを根幹とする奥深い教えですが、難しい疾患は別として、運動器官の痛みや機能の不具合であれば、よほどひどくない限り、その要領を会得すれば、時には自分一人で瞬時に改善できる魔法のような技法です。

 体のひずみとは、主に、背骨を中心とした体の左右前後の大きさや動きがアンバランスであることを言いますが、それ以外にも、すべての部位や関節の動きのアンバランスも関わってきます。

 「操体法」の実際の方法とは、「痛みや不快のある方から、痛みや不快がなくなる方へ動く」というただそれだけのことです。例えば、上半身を右に捻って痛ければ、逆に右から左へゆっくりと捻ればよいということです。捻りながら気持ちの良い緊張感があるところで数秒留めて、急に脱力すればより大きな効果が得られます。首の捻りや屈曲では、片方の手で軽い抵抗を与えながら、動きやすい方へ動かしながら気持ちの良いところで数秒間留めて一気に脱力すると、必ず動かし難かった方が楽になります。軽い捻挫などは、痛い方から痛くない方へ軽く抵抗を与えながら動かし、少し留めて脱力すると一気に改善されます。

 普通なら、動きを改善するためには、動き難い方へ無理やり動かして改善しようとしますが、「操体法」の最大の特徴は、痛かったり不快であることは、すべてその動きをさせないようにするための体の信号であると解釈するのです。そして、ただただ痛みや不快から逃れる動きをするということです。

 「操体法」の書籍は数多く出版されていて、簡単な基本動作はたやすく習得できますので、まずは、できるだけ簡単に説明されたものをお勧めいたします。

私の場合…

 長距離走からボディビルへと10年以上にわたって体を酷使してきた私は、腰部のX線診断の度に、いつも、第4腰椎脊椎分離症、第4腰椎滑り症、腰椎間変性症、第4腰椎横突起骨折という何とも仰々しい診断結果を頂き、事実、長年大変な腰痛に年中苦しんでいました。しかしその後、いろいろなことを学ぶ機会に恵まれ、いろいろ試行しながら、その都度に体の声に耳を傾けて、体が喜ぶことを休むことなく続けることで、一切の痛みや不都合から解放されて、75歳の今シーズンのスキーも10日間休みなく滑れる状態を維持しています。

 私のメインテナンスの方法は、股関節の静的ストレッチングと、操体法などによるひずみ矯正が主なもので、特に、股関節の静的ストレッチングを時には1時間以上続けることも珍しくありませんでした。それはそれなりに良かったと思っていますが、昨年、手元にあった「マッスルユニット・トレーニング(伸ばさず縮める)」(加瀬建造 ベースボールマガジン社)に改めて目を通したところ、静的ストレッチングは悪いと断じる著者は、「筋肉をゆっくりと縮めること」が一番重要であると説いています。これは、ダイナミックストレッチングやPNFストレッチングと同様のことで、考えてみれば、操体法をはじめとしてひずみの矯正法は、押しなべて筋肉を伸ばすのではなく縮めていることをあらためて認識することとなりました。それ以来、今まで伸ばしていた筋肉をすべて縮める動きに変えたところ、今までどうしても取れなかった腰の深部の凝りが日に日になくなり、今まで以上に快適な毎日になりました。

これから…

 言葉で理解することはなかなか難しいかもしれませんが、いつまでも自分の体を快適に保つためには、難しいことをする必要はなく、毎日怠りなく、体や手足をゆっくりといろんな方向へ動かして、筋肉の快い緊張感を味わうことを続けることです。

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