随意随想

「ソーシャルインクルージョン(社会的包摂)について考える」

関西学院大学教授 牧里 毎治

百二十歳以上の住民票が残っていたり、百歳を越えて亡くなっているのに年金を親族が受けていたりと驚くような事実が報道されているが、いかに人々の繋がりが薄くなって人間関係の社会的綻びが蔓延しているかの証でもあるだろう。少子高齢化の急速な進行の見えにくい陰で単身者の急増や未婚・非婚者の増大、そして増え続ける失業者、非正規雇用者の存在を考えると、こうした社会との繋がりが薄い人々が次々に輩出されることが日常化している時代に突入しているのだとあらためて実感する。社会の網の目から落ちこぼれてしまう脆弱な人たちを地域社会と職域社会に結びつけて包み込むことはできないのか。

社会的包摂と訳されているソーシャルインクルージョンについては、わかりにくい外来語のひとつだろう。人と人との繋がりづくりとか意訳されたりしているが、この用語を理解するには、反対語であるソーシャルイクスクルージョン(社会的排除)を考えるとわかりやすい。概ね社会的排除は、移民や難民など西欧社会を悩ましている貧困・不安定就業階層が社会保障・社会福祉などの制度から排除され、セーフティネットからも守られていない社会状態を意味しているといわれている。移民労働など西欧社会を成り立たせている社会構造に欠かすことのできない外国人労働者の雇用問題や生活問題への対策が脆弱な日本では社会的排除の社会問題も他国の他人事のように受け取られてしまいがちである。

例年3万人をくだらない自殺者数、「ひきこもり」や閉じ籠もりの多さ、うつ病患者の増加などを考えると、社会的排除も日本では考えられない問題とは無視できない社会的課題になっているといわねばならない。ニートやホームレスの生活問題など社会保障や社会制度がかれらを排除することによって生ずる事実については早くから指摘されてきたし、それなりの政策対応もはかられてきた。しかしながら、高齢者虐待や児童虐待など反社会的な問題の多発や刹那的な行きずり殺人事件など家族や地域社会、そして職域社会の繋がり喪失、いわば無縁社会が引き起こしたと考えると、きわめて日本的な社会的排除の姿ではないかと思う。ソーシャルキャピタル(社会関係資本)とよばれる社会連帯や相互の信頼感、社会的つながりが脆弱になった社会状況を表現する社会的孤立こそ日本的な穏やかな隠れた社会的排除ではないかと思われるのである。

全国の市町村社会福祉協議会がこぞって設置し運営しているふれあいサロンや子育てサロンなどは、自分の居場所を失いがちな高齢者や子育て真最中の親たちにとって欠かすことのできない地域参加の場でありチャンスである。

本来的には福祉的であるはずの家庭が密室化し虐待や「ひきこもり」を起こす現場にならないように地域社会に開かれたものにする取り組みこそ社会的排除をなくする地道な取り組みであると思う。すべての住民が地域社会になんらかの意味で参加・貢献することを目的に支援する地域福祉が取り組まなければならないこととは社会的に排除される人を一人も産み出さないことではないか。

他方、NPOやNGOによるコミュニティカフェ、コミュニティレストランの運営や雇用機会と就労補償を新しいスタイルで創出しようとしているソーシャルファームなども地域社会と職域社会で同時多発しているセーフティネット崩壊を防ごうとする取り組みと言ってよい。このようなコミュニティビジネスとよばれる地域再生の取り組みも地域社会のなかでの仕事づくり、社会参加への支援として注目されている。

徳島県上勝町の「はっぱビジネス」という取組をご存知の方も多かろうが、この町では高齢者のみなさんに地域に群生している木の葉や木の実を都会の高級料理店の料理のツマモノとして出荷している。相当な収入をあげる高齢者もいて、寝たきりになる暇もないそうだ。田舎のなんの変哲もない自然資源を都会の需要に合わせて仕事化すれば、生きがいやり甲斐を結果として生み出す好例であるが、暮らしに関わる需要を引き出せばコミュニティビジネスのチャンスはいくらでもあるということだろう。

高齢者のみならず一人暮らし、年齢男女を問わず単身生活者が急激に増えている日本社会、暮らしに関わるビジネスが急速に解体しつつある地域社会の現状を俯瞰するならば、農林漁業、保育・教育や介護・福祉など生活を支援するビジネスの再生は地域福祉システム再生と無関係ではない。

ソーシャルインクルージョンと呼ばれる社会的包摂は、特定の社会福祉関係者だけの取組で実現するものではなくて、昔ながらの商店街や住宅地で自然に見られた多くの人びとの手助けやお節介が根底にあってこそ成り立つものだと思う。ほとんどの地域活動は自営業や町工場のオジサン、オバサンたちによって地場産業を支えながら取り組まれていたのだ。地域社会の暮らしに根付いた仕事づくりこそコミュニティビジネスの本来の姿である。社会福祉協議会をはじめとする地域福祉関係者のコミュニティビジネスへの関心と働きかけをあらためて高めてもらいたいものだと思う。

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