随意随想

「足るを知る」

ファミリー褐注K開発部部長 羽間 鋭雄

先日、世界自然保護機構は、「世界中の人が日本人と同じ暮らしをしていたら、地球が2つ以上必要になる」という、日本人に生活様式の見直しを求める初の報告書を出しました。これは、ある国の人間が生活レベルを維持するのに必要な農地や海、森林などの合計面積から算出されたものですが、日本人は、国土が本来供給できる量に比べて、7倍近い自然資源を利用していることになり、このような日本人の生活レベルで世界中の人が暮らすと、地球が2・3個必要になるということです。

人間が、欲望の赴くままに自然を破壊し、地球の資源と環境を大量に消費して、今や地球レベルでの存亡の危機が論じられるようになりましたが、以前本稿で紹介した、地球の破壊を憂う自然科学者が述べている、「今人間に求められる最も大切なことは“足るを知る”ことだ」という言葉を、今改めて私たちのすべてが重く受け止めるべきだと思います。

また先日、かつて、平均視聴率52%以上という驚異的な人気を呼んだNHKドラマ「おしん」の脚本を手がけた橋田寿賀子さんの「足るを知るおしんの心」という小文を目にしました。貧乏と困難を耐え忍ぶおしんの姿に、多くの人が涙し感動して、今でも、我慢することを「おしん」という言葉で表すことがあるほどですが、しかし、橋田さんは、あのドラマを通して本当に伝えたかったことは、辛抱の美徳ではなく、「日本人はこれ以上、物質的に豊かにならなくてもいいのではないか」「身の丈にあった幸せを考えよう」というメッセージであったと述べています。既に十分豊かになっているにもかかわらず、不況だの就職難だのデフレだなどと、不幸の大合唱しか聞こえてこない今の世情を憂い、現代の日本人に必要なのは「足るを知る」の思想であることを訴えるために、この度新たに、「おしんの遺言」という本を著したということです。

私は、地球の将来を憂うなどという大それたことではなく、ただ、健幸な人生(健やかで幸せな人生)のためにも、「足るを知る」ことが大変大切だと思っています。わが国をはじめとして、多くの豊かな文明国において病人と医療費が増え続けている大きな原因の一つが食べ過ぎにあることは明らかですが、「食べるために生きる」という飽くなきグルメ思考を改めることが、いずれ、地球環境や世界の平和に繋がることを垣間見ることができます。

特に、世界的な牛肉の消費の増大が、地球環境や世界経済に大きな影響を与えることが知られるようになって来ました。1998年には、シカゴ商品取引所の穀物市場が、中国による、とうもろこしなど大量の穀物の緊急輸入によって大混乱を引き起こしました。それは、急速な経済発展に比例して、中国内での牛肉消費量がこの20年で20倍近くになったことによります。あまりにも牛肉消費が伸びたために、餌として供給する飼料穀物が不足してきてしまったのです。13億の人口を抱える中国で、このままの事態が推移すれば、来世紀には深刻な環境破壊や食糧危機が世界を襲うと懸念されているのです。ふつう、私たちには、牧場でゆったりと草を食んでいる牛の姿しか浮かんできませんが、実は、柔らかくて美味しい牛肉にするには、トウモロコシ、大豆、野菜など飼料穀物を大量に食べさせなければなりません。肉牛を1kg太らせるためにはその八倍=8kgの穀物が必要となるのです。ビールを飲ませるなど涙ぐましい品質管理によって霜降り肉にまで仕立て上げる和牛の場合は、十倍を超える穀物飼料が必要となります。このような、穀物の大量生産、大量消費は、大規模な農業開発のための大規模な森林伐採による開墾と、農薬や化学肥料の多投へと繋がっていきます。

また、近年、牛の吐くげっぷに含まれるメタンが、地球温暖化を加速していることが真剣に論議されています。最近の調査では、温室効果ガス全体の31%がゲップからのメタンで、しかもメタンは、しばしば地球温暖化で話題になるCO2の21倍もの強力な温室効果があるのです。このように、人間が大量に肉食をすることによって、地球環境がどんどん悪化していくのです。さらに、遺伝子組み換え飼料の問題や輸出入規制による強力な外交手段としても穀物飼料は重要なカードとして使われています。すなわち、牛肉には、環境破壊、食品安全性、外交など、実に複雑な要素が背景にあり、地球規模で食肉を減らすことは、健康のためだけではなく非常に大きな意味があるのです。

健幸のためにも、地球環境を守るためにも、自らの欲望を律し、「足るを知る」思想に基づいた生活こそが大切なのだと思います。

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