随意随想

「大学教授の生態(その4)…学部長という仕事」

関西学院大学教授 牧里 毎治

大学教授の生態シリーズもネタが尽きてきたので最後にしたいが、最終回ということで学部長職について話してみよう。

昨年4月から着任することになって、ちょうど1年経ったので年間スケジュールは一通りこなしたことになる。学部長について世間の反応は、時に面白くもあり、誤解もあったりで苦笑することもあった。学部長が教授会の選挙で決まることをご存じなかったり、なんだか特権があるように映るらしく、推薦で学生を入学させる権力があるような誤解があったり、秘書がついてると思い込んでいる人がいたりで、少々皆さんの反応を楽しませていただいた。

実態はまったく異なっていて、はっきりいえば、なんの権限もなく、大学における中間管理職のような存在といっていいかもしれない。人事権があるようでないし、予算編成権があるようで無い。いわば教員のさまざまな調整役が実態にもっとも近い主な仕事といっていいだろう。こんな抽象的なことを言っても信じてもらえないし、理解ができないだろうから、少し具体的に語ってみよう。

学部長の仕事とは、端的に言って、毎月の教授会の会議の進行を円滑に進めることと、毎月の全学的な学部長会と大学の最高意思決定機関である大学評議会に出席することくらいである。そんなに暇なのかと勘違いする読者もいるかもしれないので、少し説明を加えてみたい。

教授会、学部長会、大学評議会は、特別なことが無い限り、たとえば大学内が派閥でもめているとか無い限り、通常毎月1回開催だが、学内の事柄に関することはすべてこの3つの会議が関与して平穏無事に進められていると思っていただきたい。といってもこれらの会議体の傘下には様々な委員会がぶら下がっており、その数は夥しいほど存在している。これらの委員会は、諮問的な委員会だったり実務型の委員会であったり、多様であるけれども、もっぱら上部委員会の原案作成の機関でもあるので、開催回数も多いし、なによりも会議時間が長い。これらの委員会出席まで含めると多忙を極める。

たとえば大学入学試験に関わる委員会は、学部の入試に関する種類だけで本入試を含めて13種類くらいあって、この入試問題作成の委員会から推薦入試の面接試験委員会など膨大な数にのぼる。通常業務に関わる内部組織も大きく5部門あって、それぞれ全学委員会が対応するので、さらにワーキング委員会などがぶら下がり、これも相当な数になる。たとえば教務委員会、学生支援委員会、研究推進委員会、情報環境委員会、国際交流委員会など名称はさまざまだが、この手の委員会が全学的に設置されているのである。そのほか図書館委員会とか大学評価委員会だとかがあり、忘れてしまいそうなくらいの数なのである。

学部長はこれらの委員会にすべて出席するわけではないが、学部を代表して教員が手分けして全学委員会に出てもらうが、その派遣と人選を学部長は任されている。新年度早々の学部長の仕事はこれらの委員会の委員の指名をすることで、これも特定の先生に偏らないように、また重任が続いて固定化しないように配慮して、各種委員の配分を適切に行うことなのである。当然これらの全学委員会になんらかの対応をする学部内の委員会、委員の人選もあり、これも全学委員の配分バランスを崩すと不平や不満が一挙に爆発して、学部運営に支障をきたすことになるので、けっこう気を遣う仕事で慎重に推薦や指名をしなくてはならない。

さて、学部長にはこれらの各種委員会への参加だけでなく、入学式から卒業式など大学セレモニーへの参列とか学部行事での代表としての挨拶とか、学部の顔としての仕事もある。これも緊張する役割ではあるが、やりがいのあるところもある。入学式での新入生を迎える歓迎の式辞や卒業式での卒業生へのはなむけの言葉などは、教職員を代表してスピーチするので、退屈しないように聞かせる話、実のある話をしなくてはならない。なにを話すか短い時間だけど、ストーリーを組み立てたり、エピソードを選んだり、落としどころをどこにもっていくか考えるのは苦痛でもあるけど楽しみでもある。ネタ探しの苦労はあるけれども、毎年新しい若者を迎え、毎年社会人として学生を押し出していくわけだから、少しでも彼らの励みになるように、心が折れそうになったら想い出してほしいと願いながらスピーチを考えるのである。この苦労は、教師冥利に尽きるというか学部長職の役得かもしれない。

学部の人事や予算の決定権は学部教授会にあるので、学部長が強権を発動することはないが、さりとて学部長に提案する権限もないのかというとそうでもない。学部の研究と教育に関する事項は学部自治があり、すべて教授会が決定権を握っている。研究・教育に関わる予算・決算については手の出しようがないが、教員の昇格人事の提案とか学生の身分に関わることは学部長に提案する義務があり権限がある。

といっても処分に関わる事案や事件がなければ特に役務があるわけでなく、変わりゆく学部の行く末や国際社会の荒波にもまれていく大学の将来を日々汲汲としながら役目をこなしているのが学部長の実態である。

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