随意随想

「偽を装った食材と殖財」

大阪ソーシャルワーカー協会会長 大塚 保信

この年になっても卒業生の結婚披露宴に招かれることがたびたびあり、今年もすでに招待状が届いている。ずいぶん前から、披露宴といえばホテルで行われることがおおくなってきた。ところで、有名ホテルで出される豪華な料理の食材に偽りがあることがわかり昨年の秋はこの話でもちきりだった。まるで棒で突いたトコロテンのように次から次へと食材偽装が発覚し、深々と頭を垂れお詫びする責任者の姿を嫌ほど見せられた。しかし、もし一番最初のホテルが食材偽装の事実を発表しなければ、他のホテルも発表し謝罪もしなかったに違いない。

食べた料理の食材がメニューの通りの食材を使っているかどうかは、余程のことがない限りその場で判別することはお客にはできない、いや、料理専門家と名乗る人にも容易にできないのではないか。偽装が発覚したのは、おそらくホテル内部での通報だと推測するのが大方の見方であろうが、もし発覚していなかったら今も偽装食材で調理された一見豪華な料理がテーブルを飾っていることであろう。偽った食材で、有名ホテルの名にあまえ高い料金をとって儲けを膨らませる(殖財)とは、何とも職業倫理に反した姑息な態度である。

実は、こともあろうに新聞報道があった5日後に、最初にお詫びのあったホテルで行われた卒業生の結婚式に招かれていたのである。乾杯から始まったひと通りの儀式が終り、さてディナーの時間に移り次から次へと彩りも鮮やかな豪華な料理がテーブルにならべられる。はて今日の料理にまさか偽りはなかろうなと多少とも疑心暗鬼にかられる。しかしながら、おめでたい席ゆえ口に出すのもはばかられる。そっと周りの席を見渡してみると、さすが列席者は場を心得て、素知らぬ顔つきでナイフとフォークを操っておられる。最初から妙な気分で参列していた私は、料理の食材が偽装ならご祝儀を差し出すこちらも偽装のニセ札にでもしようかなという気にさせられたが、受け取るのは新生活をスタートさせる新郎・新婦であり、ホテル側には何の戒めにもならず馬鹿な考えは直ぐに取り止めにした。

誠意が伝わらないお詫び姿を見ていたとき、ふと名優渥見清さん演じるフーテンの寅さんが、祭りの縁日で巧みな口上で商品を売りさばいている映画の一場面を思い起こした。しかし、寅さんから買った品物が口で言うほど良い物でなくとも誰も文句とか偽装と騒がない。きっと巧みな口上も品物の値段に含まれていると納得していたのではないか。だが、どのホテルのお詫びも右へならえの型通りの紋切り口上で、なかには開き直りの言葉も混じりとても納得できるものではなかった。

偽装といえば世の中にはいろいろな偽装があるが、許されないものもあればお咎めのない偽装もある。食材偽装は許し難いが、女性のお化粧なら許されるかもしれない。「ダブル・ハット」という言い回しがあるのをご存知であろうか。女性には失礼ながら、眩いばかりに美しい女性にハットさせられたが、化粧を落とした素顔に別人ではないかと2度ハットさせられたようなたとえを言うそうだ。化粧とはまさに化けて粧うと書く。

実は、我が家の家業は戦前から戦後しばらくは化粧品の製造販売を営んでいた。父親は会社では陣頭指揮をとっていたが、時々は商売の腕を磨くため自ら製品を売りに出かけてもいた。そういえば通信販売やインターネットもなかった昔に、富山あたりから風呂敷包みいっぱいに商品を詰め込んだ薬売りが出稼ぎに来られていた。まだ小学校の少年だった私も父親のお伴をして地方のお得意さんに出かけたこともあった。陰鬱な戦争の苦しみから解放され少し明るさを取り戻しつつあった時代にマッチしたのか、有名でもない化粧品ではあったが良く売れたようだ。言葉巧みに売りさばく父の姿に商売人としての器量を教えられた。

扱っていた商品は整髪に用いるポマードやクリームの類であったが、残念なことに、登り坂であった売り上げの勢いもやがて徐々に下り坂に向かうことになった。その理由は幼い子どもの私にも直ぐ判断できた。父親は若い頃から頭髪が薄く年々さびしくなり失地面積は広がる一方であった。べつに毛生え薬を売っていたわけではないので偽装でもなんでもなかったが、髪の薄い父が整髪料を売るのであるから、買う方にとっては二の足を踏むのは無理からぬことである。売り上げが落ちてきたうえに、戦後の日本を統治していたマッカーサー元帥の指令のもとで贅沢品には高い物品税が課せられ、とうとう家業は倒産の憂き目に遭ってしまった。

今から思えば父親は私に後を継がそうと望んでいたようだが、人いちばい親孝行の私は頭髪の遺伝までそっくり受け継いでおり、たとえ優れた化粧品を創って財をなしたとしても、またあらぬ偽装を疑われ家業を二度潰していたかもしれない。頭の外側を飾ることに目を向けるより、頭の内側を磨くように願っていた母親の教えが今になってよく分かるようになった。

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