随意随想

「クリスマス・リスト…僕のこぼれ話」

関西学院大学教授 牧里 毎治

春たけなわのこの時期に季節外れのクリスマスにからむ事柄を語るのも気が引けるが、大学の講義や大学外での講演でも話したことのない小話ということで、やはり入学式の学部長式辞で語った歓迎のスピーチから第二弾の僕のこぼれ話を紹介したい。

クリスマス・リストという言葉さえ初めて聞くという方も多いだろう。クリスマス・リストは米国のクリスマスに飾られるモミの木のふもとにクリスマス・プレゼントとともに置かれる1年間の願いごとを書いたカードのことだそうだ。そうすると願いごとが叶えられるという、日本で言えば七夕の笹の枝に飾る短冊のようなものだろうか。

実は、歌手の平原綾香のアルバムのなかに収録されている歌曲の題名でもある。そこから仕入れたエピソードなのだが、元はと言えば、米国の女性ジャズシンガーであるナタリー・コールの持ち歌の一つだそうだ。その歌詞を日本語に翻訳して、カバー曲として平原綾香が熱唱している。ナタリー・コールは、言わずと知れたナット・キング・コールの娘で、父親も著名な男性ジャズ・ボーカリストである。娘であるナタリーが父親を想い、書き上げられた楽曲なのである。このメロディーとその歌詞が涙もろい私を泣かせるのだ。

歌い上げることはできないけれど、歌詞の内容をかい摘んで要約すると、こんなふうになる。子どものころ、お父さんの膝元でたくさん願いごとをしたけれど、大人になった今でもお父さんにお願いしたいことがあるのです。お父さんにはプロのジャズシンガーとして一人前にしてもらったけれど、子どもの頃のように叶えたいお願いがあるのです。私にではなく世界の人々に。戦争が起きないように、紛争で家族や愛する人と引き裂かれないように心を癒やしてあげてほしい。他人は無邪気な幻想だと言うかもしれないけれど、平和があって安らぎがある時間をプレゼントしてください。この一途な想いが私のクリスマス・リストです。だれも諦めてはいけないみんなのクリスマス・リストです。

ざっと、このような内容であるが、この歌を引き合いに出して新入生に語りかけたかったことは、自分のことだけでなく、見えない人々への願いも想像して行動できる人になってほしいということと、見えないことを学ぶ場こそ大学なのだということを訴えたわけです。

日本社会全体に閉塞感が漂っていて、なににどう手をつけていいのか分からないという諦めや鬱屈感は、若い学生に限ったことではないが、年齢に関係なく広がっているのではないか。たまたま若者に期待を託して、内向きで下向きで後ろ向きな人生観や世界観しか持てないでいると年寄りは小言を言ってしまう。良くも悪くも高度経済成長を支えた団塊の世代が介護保険の被保険者になって要介護者の大量予備軍になる時代、世界に飛び立つ若者も海外留学にチャレンジする大学生もぐんと減り、影を潜めているようにもみえる。

このような沈滞ムードの霧を晴らすには、外向きで上向きで前向きな若者を海外に連れ出すしかないというのも一つの打開策かもしれない。若者は、閉じこもっているのは高齢者たちで、若者のほうが海外進出しているのではないかと反論するかもしれない。確かに野球選手も大リーガーに挑戦しているし、サッカーも海外プロ・チームに所属して活躍する選手がふえている。浅田選手や羽生選手のフィギュア・スケーターも負けてはいない。

でもトップアスリートを除けば、進学だ、就職だと我が身の将来に汲汲としている学生が多いのも現実だ。有名私学などに高い入学金・授業料を払っているのだから、就活だ、婚活だと煽られても、少しでも日銭を稼ぐアルバイトで元を取り戻さないことには話にならない、という気分になるのも分からないではない。

世界には戦争や紛争で地域を追われ難民になったり移民せざるをえない人々がいるし、飢饉や飢餓に苦しむ人がいる。1日1ドルで暮らす生活困窮者は何千万人いるのかわからない。日本にいる限りは日本の生活だけに目を奪われていては、世界で起きている貧困や格差は見えてこない。ストリート・チルドレンと呼ばれる貧困の子ども、売買春で身を売られていく子どもたちが世界のどこかで今も苦しんでいる。テレビやラジオではこの悲惨で過酷な人生は十分に伝えられていないし、なにか行動を起こさせるほどには語られてもいない。数は少ないけれど、世界に飛び出し、日本では見えない格差と貧困に果敢に取り組んでいる若者たちも確実にいる。

大学は、目先の目に見えるものばかりを追いかけることを教えるのでなく、見えないものを観る力を教えるところなのだ。社会的想像力といっていいかもしれない。社会そのものが見えないものだが、見えない社会を想像して、現に今ここで起きていることの意味や社会という力に押し出されて原因や結果があると考えることは、見た目に流されないという思考方法でもあり、見えない未来を予測して物事を深く考える態度でもあるのだ。地球の裏側の国や地方で起きていることを想像して、問題の核心や本質を見抜く力、千里眼のようでもあるが、人々の噂や評判に流されないものの見方や考え方を身につけさせることが大学の社会的使命なのだと思う。クリスマス・リストではないが、想いや願い込めて、私たちにとって今見えていないものはなにか、リストに加えたいものである。

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