随意随想

「北国の春に心ばかりのお届けもの」

大阪ソーシャルワーカー協会会長 大塚 保信

東日本大震災から3年余りが経過したが、被災地の現状を認識するためのシンポジウムに参加するため、5月末とはいえ山肌にまだ雪が残る東北地方を訪れた。

震災被害のその後の様子は、大阪にいても新聞やテレビ報道で知ることができるが、現地で見聞きするとまた重い実感で伝わってくる。震災被害といっても津波被害にあった方もあれば原発被害にあった方もおられ、被害の様相はさまざまである。19年前の阪神・淡路大震災の際にも研究者仲間とともに「災害福祉とは何か」を書物にまとめ、被災者の生活支援体制の構築に向けて提言したことがある。今回の震災についても何かお役に立てることはないかと思い、2日間のシンポジウムを終えたあと現地に留まり、被災地を視察し福祉関係の施設や機関を訪問して意見交換を行った。

仙台はちょうど伊達政宗ゆかりの「青葉祭り」の日にあたり、この時ばかりは日頃の鬱積を晴らそうとばかりに町を挙げて盛り上がっていた。せめてもの地元貢献と思い、日頃は質素倹約を旨とする私が、最上級の「名物・牛タン料理」を注文して細やかではあるが地元の経済向上に寄与してきた。

翌日からは、いまも原発周辺から避難してきた方々が多く住まわれている福島県いわき市を訪ねた。そこで、3年経過したいま新たな課題が残されていることを改めて知らされた。皮肉なことに町の人口は震災後に増えたそうである。避難住民が住み着いたこともあるが、よく見れば、通りすがりの人より復興工事に携わる独特な作業服姿の人が多く行きかっている。

地元の先生のお世話で、通行禁止の標識のある境界線ギリギリまで被災地を視察してまわったが、住民の生活状態のチグハグさがあちらこちらに見受けられた。一本の道路を隔てて片側には賠償金で建てたと言われている真新しい一戸建ての住宅が並び高級車がガレージに駐車している、しかし道路向かいの一帯には簡素な仮設住戸が広がっている。聞けば、仮設住戸はH市からの避難住民が住む地域で、2012年9月から賠償金の指定が外されたということである。被災時に住んでいた場所の賠償金の違いで、格差社会を生み狭い地域社会の生活風景まで一変させている現実を見せつけられた。

複雑な思いを抱きつつ、次に、原発避難地域からいち早く出て日本で最初の仮設の施設を運営していた老人保健施設を訪問した。施設長さんから当時の様々な困難事例を聞き取ったが、考えさせられたのは介護にあたる専門職員の数名が真っ先に逃げ出したということである。しばらくして職場に復帰したそうだが、その場にとどまって頑張った職員との間で大きな壁ができ施設運営に戸惑ったと本心を打ち明けられた。

ほどなくして大阪に戻り新聞を広げると、東日本大震災発生の時、現場で最後まで奮闘された故吉田昌郎所長が「高線量の場所から一時退避し、すぐ現場に戻れる第1原発構内での待機」を命じたにもかかわらず、所員の9割は約10キロ離れた第2原発に行ってしまったことが明らかにされた。自身の命や家族の安否もわからぬ極限状態にあったろうから、第三者の私がとやかく意見を挟むことはできないが、その場にとどまり職務を全うされた方々には最高の敬意を表したい。

ともあれ、厳しい冬を耐えようやく雪解けを目にした北国の人々にとって、春の訪れは特別な思いをもって迎えることであろう。北風が、やさしく頬をなぜる風に向きをかえ、草木が薄緑の葉をつけはじめたとき、♪雪解け、青空、南風、コブシ咲く……と思わず口をついて歌われるのが千昌夫さんの持ち歌であるあの「北国の春」である。ところが地元では、春が訪れ夢がひろがる一番いい季節に突如大震災が起こり、この歌は悲しくてあまり歌わなくなったそうだ。とっさに思い浮かんだのは、昨年暮れ大阪のある老人クラブの席で学習仲間が歌った「北国の春」の替え歌である。あまりの出来栄えに、その場で直ぐに歌詞を手帳に書き留めた。2日前のシンポジウムの懇親会で、とっさに挨拶代わりに替え歌を披露し全員で歌うと会場がいっきに盛りあがった。

大阪から訪れたということで、忙しい業務をかかえながらも懇切丁寧に応対して下さった施設長さんにはお土産も持参しなかったので、せめてもの申し訳に「施設で生活されている皆さんと歌われてはいかがですか」と恐るおそる替え歌の歌詞を差し出した。思いのほか施設長は即座に「これはいいですね、さすが大阪は面白い」と私が作詞したわけでもないのにお褒めに預かった。何かお役に立てることはないかと震災地を訪れたが、貢献できたのは結局この替え歌だけだったかもしれない。

ご存知の方もおられようが、では最後にその歌詞をご披露しよう。「白玉、あんみつ、きな粉もち♪ わらび餅食べたらあべかわも、あゝ、あべかわも旨い♪ こっそり食べたらわからないだろと、届いた検診の、結果で直ぐばれる♪ あの甘味屋へ寄ろうかな、やめようかな♪」

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