随意随想

「人と人とのつながり、暖かさ」の醸成を

大阪市立大学非常勤講師 竹村 安子

 7月2日の朝日新聞朝刊一面に「子ども食堂 急増300カ所超 無料・安価、地域発の居場所づくり」という記事が掲載された。

 記事によると、「子ども食堂」とは、地域の大人が子どもに無料や安価で、食事を提供する民間発の取り組み。貧困家庭や孤食の子に食事を提供し、安心して過ごせる場所として始まり、「子ども食堂」という名前が使われ始めたのは2012年。最近は、地域のすべての子や親など、対象を限定しない食堂が増えており、食堂という形を取らず、子どもが放課後に過ごす居場所の中で食事を出しているところもあるという。運営はNPO法人や民間団体、住民有志、個人などで、開催回数は月1回が40%、料金は「お手伝い」などの条件付きも含めて、無料が55%、有料は100〜300円のところが多く、大人は子どもより高く設定されているところが多いとのことである。

 私は、大阪市社会福祉協議会に在職中から、これからは家族や地域社会のつながりが希薄化し、「孤立化」が進むと感じていた。それはまず高齢者の生活上の課題として現れると思い、地域住民やボランティアによる一人暮らし高齢者のふれあい型食事サービスや、喫茶などのいろいろなサロン活動を推奨してきたが、遠からず「子ども」や「青年」「成人」の中にも「孤立化」の問題が現れるだろうと思っていた。

 そして、ここ2〜3年前から着目していたのが「子ども食堂」だ。

 また、7月3日夜9時からNHK総合テレビで放映されていた「介護殺人」という番組を見た。介護者が介護相手を殺してしまうという事件が、2010年1月から2015年12月までの5年間に138件起きている。アンケートによると、介護者の4人に1人は、「相手を手にかけたい」「一緒に死にたい」という答えが寄せられているとのこと。その殺人を犯してしまった人たちから聞き取りをしている。その中には、妻が夫を、夫が妻を、子が親を殺すというケースがある。犯した人自身が、「家族を殺した」という大きな罪悪感と傷・後悔を引きずっている様子が映し出されていた。

 「介護」を社会で保障していくのが「介護保険」ではなかったのか? しかし、今、団塊の世代が後期高齢者となり、高齢化率が30・3%となるだろうと予想されている2025年を想定して、「介護保険」そして「医療制度」の見直しが進められている。

 支える人が大きく減少して、高齢化率が21%を超える「超高齢社会」では、介護保険や医療制度、年金などの社会保障制度を、見直さざるを得ないという。

 私たちは、これから迎える未曽有の「超高齢社会」を、どう考えていけばよいのか。その社会の中で、私たちは、為すすべもなくうろたえ、悲しみ、苦しむのではないだろうか…。それを防ぐ手立てはあるのだろうか。

 ある一流商社に勤めている人と話をしていると、彼は「お金を貯めて、言葉や習慣が分かり、知人もいて、医療設備も整った東南アジアの某国で、妻とゴルフや水泳を楽しみながら、たまに子どもや孫と日本や某国で交流しながら暮らします」といった。それでは、貯金も乏しく、東南アジアで暮らしたこともなく、言葉や習慣も分からず、知人もいない人はどうすればよいのか。

 日本で、できれば住み慣れた大阪の、この地域で住み続けていきたい。できたら活き活きと心豊かに…。

 そのために、今、求められているのは、「人と人とのつながり、暖かさ」を醸成していくことではないかと思う。簡単なようで、実現は非常に難しい…。

 若い人たちは生活を維持し、子どもを育てていくために忙しく働き、ゆとりがない状況にあるだろう。一方、高齢者の中には健康維持のため、スポーツクラブやプールに通い、ウォーキングや体操に励んでいる人もいる。介護予防のために素晴らしい活動である。その他、老人大学や趣味の活動にもいそしみ、心の健康づくりに努めている人もいる。これも素晴らしいことである。できれば、それにプラスして、他人を思いやる活動や助け合う活動を、元気な間に取り入れてもらえれば、より豊かな人間関係や生活に出会えるのではないかと思う。

 手始めに、月1回自宅を開放して、趣味も生かして「麻雀サロン」や「囲碁サロン」「料理作りと食のサロン」などを開く…、そして、その中に「子ども食堂」や高齢者や地域の人たちが利用し、参画する「地域食堂」があればと思う。

 空家が増え、その対応に近隣の人たちも困っているケースもある。空家を資源として生かしていける道はないのか、行政の取り組みも求められる。

 「孤立化」を防ぐ活動が各地で広がり、大きなうねりとなっていくことが、今ほど求められている時はないと思う…。

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