随意随想

心をゆるがす祝いごと

大阪ソーシャルワーカー協会会長 大塚 保信

 数え歳77歳になった学友が自身の喜寿の祝いと奥さんの古希の祝いをするということで、お祝いの席に夫婦づれで招待を受けた。同期の学友も子どもさんと孫を同伴し夫婦で参加し、総勢30人ほどで賑やかにお祝いをすることになった。さぞ広い座敷の料理屋さんでの宴席と思いきや、なんと一両借り切った電車の中でのお祝い事である。大阪の方ならご存知であろうが、その電車とは天王寺駅前から堺市の浜寺駅まで路面を走る阪堺電車である。通常のダイヤ通りに運行されている電車の合間をぬって、すべての駅を素通りして進行して行く。途中、最新式の車両や年代物の懐かしい電車がところ狭しと停留している車庫にも下車して見学したから、子どもたちは大喜びである。走る車内では招待主の家族が、街中を走る電車の中で趣向を凝らした芸やゲームで楽しませてくれる。やがて豪華な料理が振るまわれ、芳醇な銘酒にも心地よく酔いしれた。

 長い人生の中での祝い事と言えば、出産の祝いに始まりお七夜の祝い、お宮参り、入学、卒業、成人式、就職、結婚の祝いと言うように、両手の指でも数えきれないほど多くある。やがて高齢期の登竜門として待ち受けているのは満年齢の60歳を祝う還暦であろう。お祝い事は数え年で行うのが一般的であるが、還暦のあとにはご存知の通り古希(70歳)、喜寿(77歳)、傘寿(80歳)、米寿(88歳)さらに卒寿(90歳)、白寿(99歳)、百寿(100歳)、茶寿(108歳)、皇寿(111歳)、珍寿(112歳)と続き2度目の還暦を迎える120歳を大還暦とも言うそうである。いずれにせよそれらの祝い事でみんなが集まり、家族や親族の結びつきを強くすることは事実であろう。

 ところで、聞きなれないと思うが盤寿という祝いがあるのをご存知だろうか。将棋盤のマス目は縦に9列、横に9列あり、あわせて合計81のマス目になるので将棋の世界では81歳で盤寿を祝うらしい。今から63年前の1954(昭和29)年、当時中学生の14歳7カ月でプロ将棋の4段になり、名人位にも登りつめ今も現役の加藤一二三九段は神武以来の天才といわれマスコミに大きく取り上げられた。ところが昨年、14歳2カ月で四段になった藤井聡太君がその記録を破ったことはご存知であろう。その藤井四段のデビュー戦の相手が加藤一二三氏であり、見事に新星の若者が勝利をおさめ話題を集めたのは記憶に新しい。奇しくも加藤九段は私と同じ年であるがまだ盤寿は迎えていない。

 ともあれ平和な時代の今では、どこの家庭でも数多いお祝いの中で家族の誕生祝は欠かさないようである。しかし、戦前・戦後の厳しい社会状況のもとで幼少期を送った私は、8人きょうだいの大家族でもあったので幼い頃に誕生日祝いをしてもらった記憶もほとんどない。私も妻も親族が多い家族ゆえ何かと祝い事に出かける機会は多いが、子どもがいない我が家は妻と二人だけであるから家庭内での祝いごとはそれほど多くはない。そのぶん互いの誕生日と季節変わりの行事は大切に祝い、ことに3月は7段飾りのお雛様とそれに纏わるお道具は今でも毎年欠かさず飾っている。それを見るために親族が集まってくるのも我が家の楽しみとなっている。子どもがいないかわりに、私と妻の姪や甥がよくやってくる。過日も島根県の松江市に住む姪が久しぶりにやって来たので、食事にでも行こうかということで難波あたりに出かけることにした。さて出掛ける段になると、妻が「もう少し良い服を着ていっては」と私に促す。「身内どうしで出掛けるのに、気を遣うこともないだろう」と思いつつ、素直に着替えることにした。姪が良い店をインターネットで検索したからということで案内をまかせた。ところがなかなか目当ての店が見つからず、あちらこちら迷いながらやっと辿り着いた店が、昔のギャング映画でよく見かけた薄暗くて古びたビルでエレベーターもない5階のレストランである。渋々ドアーを開け一歩なかに入った瞬間、「えっ!一体どうなっているんだ、ここは何処なんだ」と目を疑い、頭がパニックを起こした。大勢のお客さんで賑わっていると思いきや、お客のすべてが私の甥と姪で四国から駆けつけた者もいる。「いったい、どうしたのか」と尋ねると、私の喜寿の祝いをするため店を借り切ったというのである。妻は何カ月も前から知っていたようだが、おくびにも出さなかったので迂闊にも彼等の策略にひっかかってしまった。このようなサプライズの手口は私の得意技であったが、この時ばかりは彼等が綿密に仕組んだ高度な連携プレイにはめられ、まさに策士策に嵌まる失態を演じることになった。料理の味など今ではすっかり忘れてしまったが、心づくしは深く脳裏に宿っている。

 さて、お祝いの後にはお返しをするのが礼儀であるが、これから2回にわたって返礼をする予定にしている。1回目は私が百寿を迎えた記念日に、そして2回目は大還暦を迎えた日を予定している。

随意随想 バックナンバー