随意随想

名誉教授ってなに…ある定年退職

関西学院大学 名誉教授 牧里 毎治

 この3月末をもって関西学院大学を定年退職した。教職歴40年はあっという間という感じもしないではないが、振り返ってみると想い出はいっぱい詰まっている。多くの私立大学は65歳がいちおうの定年で、そのあと特任教授として毎年契約更新で70歳まで大学院授業を担当するというのが通常の姿である。我が大学は68歳が定年で、後は非常勤講師として大学の授業科目を担当するか、名誉教授となって、大学に貢献する。名誉教授という誉れ高き称号だが、本当に名前だけで、個人研究室があるわけもないし、お手当があるわけでもない。せいぜい大学図書館を自由に使えるくらいのものだろうか。

 ついでにといっては失礼かもしれないが、客員教授とか特任教授とか,最近は特命教授というのもあるそうだが、一般の方々にはその違いがよくわからない。客員教授というのは、まさしく専門分野で学問的功績のある教授が招かれてなる身分で、所属大学との兼務も可能である。客員教授は有給の場合と無給の場合があり、通常、なにがしかの授業を担当し,または共同研究の一員となって活躍する。特任教授は、すでに言及したように所属大学で長く勤めた教授が定年後も雇用延長して授業しているようなもので、年金をもらえる年齢になるので手当はかなり減給される。特命教授は必ずしも高齢教授が着任するとは限らないが、大学が特別に強化したい重点事業に専門知識の豊富な教授を招聘し雇い入れる場合が特命教授になるのだろう。大学もさまざまな専門知識をもった多様な人材を非正規で多数雇用し、成り立っているようなもので、正規教員はあまり多くいないのである。

 私ごとに話を戻そう。定年退職して、毎日が日曜日というわけでもないが、ある種の解放感が我が身を包んでくれている。毎日の重荷に耐えて、やっと解放されたというわけもないのだが、授業をやらなくていい、教授会を始め学内の各種の委員会にでなくてもいい、というこの責任の軽さは、清々しいというか清涼感に満たされる。国公立大学のように専門研究にもっぱら専念すればいいという羨ましい講座教授にはなりたいものだが、私立大学となると経営上そうは言っておれず、大教室の多人数学生に向けたマイク授業もしなくてはならない。研究者としてやっていける経費は、マスプロ教育による授業料収入にすべて依存しているからである。かといって手抜き授業をやっているわけではないが、少人数教育ができないという現実がある。研究と教育を両立させなければならないのである。

 研究者、教育者として長年の実績を評価していただいたから、名誉教授なる肩書きを頂くことができたのだろうと推察するが、さて、どういう研究と教育をしてきたのだろう。いささか面はゆいが、地域福祉研究なるものに40年、月日を費やしてきたことへのご褒美の肩書きかもしれない。いちおう福祉学者として認めていただいたということだろう。福祉研究がいかなるものかを語るにはこのコラムだけでは足りぬが、地域社会にどうして地域福祉の実践や政策が生まれてきたのか、それはどういう必然性のなかから生じてきたのかを研究し、若い世代の学生たちに伝えてきたということにしておこう。

 今日の学術研究は、理論研究から実証研究まで実に様々な研究分野が存在しているが、社会福祉学はどのような特質、性格をもっているのだろう。社会福祉学も社会科学の一領域だとは思うが、わかりやすく説明するには骨が折れる。なぜ福祉問題が社会のなかに生まれ、その福祉問題を解決する活動や事業が社会的に存在し、一定程度それらの福祉問題の解決に社会福祉制度や福祉政策は効果を上げているのかを研究する学問だと言っておこう。一般的に学問は真理の探究を行うものとされているが、社会福祉学が認識科学一般とやや異なるのは、実践の学として社会的に発生する福祉問題と福祉施策の意味や存在価値を伝えるところにあるのではないかと思ってきた。

 福祉の支援や援助している現場と学問をつなぐ仕事が社会福祉学の特徴であり、どのように認識するか、どういう因果関係があるか、その真相を語るだけでは済まないような立場に福祉学者は身をおかねばならない。福祉問題を抱えている当事者に寄り添うこともさることながら、第一線現場で問題解決に取り組んでいる実践家たちと協働することで成り立つ研究でなければならないと心に命じてきた。当事者と実践家に限りなく近づきながら、また一歩はなれた立ち位置から、福祉現場でなにが起き、どのように支援や援助が効果をもつのか、その真相を突きとめ、語り継いでいくという、難しい研究だと思う。

 とにもかくにも、現実と微妙な距離感を保ちながら、真実を探求していく、よくも厭きずにこれまでややこしい福祉の研究者としてやれてきたなと我ながら感心する。真理の探究は終わりがない。定年退職したからといって、研究そのものが終焉するわけはない。これからは1人の福祉学者としてやり直せよと名誉の声をいただいたと思うことにしたい。

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