随意随想

「介護を支える専門職〜遠い国から学びを求めて〜」

大阪ソーシャルワーカー協会会長 大塚 保信

 世の中は、実に多くの人々の働きによって成り立っている。時代の進展とともに社会の仕組みも複雑になり、仕事の種類も必要に応じて増え、そのなかに専門職という職業もある。専門職の代表例といえば、医師と弁護士が挙げられる。言うまでもなくその資格を得るには極めて難しい国家試験を突破しなければならない。専門職には当然のことながら専門的な「知識」と「技術」にあわせ「倫理観」が求められる。ところが国は長いあいだ社会福祉の分野で働く人々に、専門職としての国家資格を与えようとしなかった。その理由のひとつには、日常生活に困った人々を支援するのにそれほど専門的な知識や技術も必要なく、気持ちの優しい人ならご近所の住人でもできることだし、また福祉現場で働いている人からうわさ話で秘密が漏れてくるなど「倫理観」が信用できないという認識があった。そこで私が長年所属している日本ソーシャルワーカー協会が、福祉専門職に共通する実践行動上の基準と戒めを定めた「倫理綱領」を発表し、それが契機で翌年の昭和62(1987)年に福祉専門職の国家資格を認める「社会福祉士及び介護福祉士法」が成立し今日に至っている。今年が制度開始から丁度30年目にあたり、ある種の自負と感慨をおぼえる。その頃、全国各地で社会福祉士と介護福祉士の福祉専門職を養成する社会福祉学部や学科、さらに新設の大学や短大、専門学校がまるで雨後の筍のように増設されたり新設された。入学希望者が少ない大学等から羨ましく思われるほど志願する学生も多くを数えた。ところが近年、福祉系の学校に志願する学生が激減している。社会福祉系の学校を卒業し、資格も取得し熱意と意欲をもって現場に臨んではいるが、厳しい仕事内容のわりに社会の評価と給料が低いというのも大きな一因であろう。福祉系の大学や各種学校では学生募集に悪戦苦闘し、それでも学生が集まらないので数年前から学部・学科を閉鎖する学校も目立って多くなってきた。70歳の定年で私は長年勤めた福祉系大学の教員は辞したが、ますます深刻になる高齢者問題の課題や現実の介護問題を実際だれが、どこで、どのように支えるかといった難題は片時も脳裏から離れることはない。昨年日本で誕生した赤ちゃんが初めて百万人を割ったのはご存知であろう。お世話を必要とする高齢者が増加する一方で、介護の担い手が増える道もさらに遠のいていくように思えてならない。

 ところが思わぬことに、77歳の喜寿を迎えた私に、今年4月から介護福祉士を養成する福祉専門学校から教員として赴任するようにとの要請があった。しかも校長を務めてほしいとのことである。依頼された学校の創始者には何かとお世話になった縁もあり、熟慮の末お引き受けすることにした。介護福祉士という国家資格制度ができる数年も前に創設された福祉専門学校であり多くの専門職を世に送り出した日本有数の伝統校でもあるが、ここ数年はほんの数人しか学生が入学せず、一時は閉校もやむなしという状況であったらしい。そこで授業のスタイルを大幅に変革し、講義や実習は午前中に終了させ、午後からは図書室で自由に勉強したりアルバイトをするなり学生の選択に任せた3年制の学校として再スタートしたところ、定員以上の学生が受験したというのである。ところが学生の大多数はベトナムや中国からの留学生で占められ日本の学生はこれまで通り数人しかいない。すでに4月から授業は始まり久々に教壇に立った。彼等は一定の日本語能力は身につけているが、できるだけわかり易く工夫して講義することに努めている。しかし、機微にわたる表現や授業を和ませる得意のジョークも一向に伝わらない。あれこれ無い知恵を絞っているが、今のところ授業展開への気遣いと疲労がつのり、校長(好調)とは名ばかりで心身の不調は増すばかりである。しかし、資格取得を目指して門を叩いてくれた学生には敬意を示しつつ、ますます厳しくなる高齢社会を支える専門職養成に老骨に鞭を打ちながら、共に学びあい必要に応じて適切な指導を試みねば、と新たな挑戦に臨んでいる最中である。

 そんな折に大手の出版社から、これまで日本人が担ってきた介護の現場や早朝の新聞配達など厳しい仕事の多くを、アジアを中心とする外国人が担っている現状をルポした書籍が発刊され、関係者の間で反響を呼んでいる。かなり刺激的で辛辣な内容ではあるが、介護の専門職養成校の責任者として謙虚に認識せねばならない事も多く、今後とも真摯な姿勢で学生の指導・教育に立ち向かおうと決意している。

 いま多くの学生は専門用語をはじめ日本語の習得に必死になって挑戦しているが、若さと柔軟な頭脳で、やがて難しい日本語も会得し、そのうち私が連発するジョークや洒落にも笑顔で反応してくれることであろう。その頃には、私に課せられた役割も少しは軽くなり、体の調子も本当に好調になるであろうと楽しみにしている。

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