随意随想

MCI(軽度認知障害)の予兆に気づきましょう!

同志社大学教授・運動処方論 石井好二郎

 本年の6月18日、政府の認知症施策推進関係閣僚会議において、「認知症施策推進大綱」がとりまとめられ発表されました。本大綱の基本的考え方は、「認知症の発症を遅らせ、認知症になっても希望を持って日常生活を過ごせる社会を目指し、認知症の人や家族の視点を重視しながら、“共生”と“予防”を車の両輪として施策を推進していく」とされています。なお、“共生”とは、認知症の人が、尊厳と希望を持って認知症とともに生きる、また、認知症があってもなくても同じ社会でともに生きる、という意味です。さらに、“予防”とは、「認知症にならない」という意味ではなく、「認知症になるのを遅らせる」「認知症になっても進行を緩やかにする」という意味と述べています。

 本年の5月には、WHO(World Health Organization、世界保健機関)が認知症予防のための新たな指針を発表しており、運動やバランスの取れた食事、禁煙、節酒、そして社会活動が認知症になるリスク軽減に有効であるとしています。近年の認知症の増加は、アルツハイマー病の急増に依存していることが、多くの研究結果から明らかにされています。アルツハイマー病の原因の第一位は運動不足であり、運動を心がけることがアルツハイマー病をはじめとする認知症予防には有効です。

 さて、アルツハイマー病患者の脳には「老人斑」というシミのようなものがたくさん認められます。老人斑には「アミロイドβ(ベータ)」という物質がたまっており、このアミロイドβが蓄積することで脳の神経細胞が障害を受けると考えられています。しかし、アミロイドβの蓄積が始まった時点でアルツハイマー病が発症するわけではありません。アルツハイマー病を中心とする認知症発症前には、MCI(Mild Cognitive Impairment、軽度認知障害)と呼ばれる状態があります。最近では、MCIはアルツハイマー病の前段階として捉えられることが多くなり、MCIであることに早く気づくことがアルツハイマー病へ移行することを遅らせることに繋がります。

 研究によって違いはありますが、65歳以上の高齢者では15〜25%がMCIであるようです。そして、健常な人がMCIに移行するのは高齢者1000名当たり年20〜50名程度と推計されています。近年の研究では、MCIであることに気づき適切な対策をとることで、1年に16〜41%が健常な状態に戻ることが報告されています。残念ながら、現在のところ認知症を根本的に治す治療法はありません。したがって、認知症を予防することが重要となります。しかし、MCIは本人や家族から認知機能の低下の訴えはあるものの、基本的な生活機能は自立しており、状態の変化が顕著でなく見過ごされやすいのです。MCIは1年で5〜15%が軽度認知症に移行します。したがって、MCIの早期発見が対策の第一歩なのですが、実際には、約75%が軽度認知症から中度認知症に移行するタイミングで診察を受け、認知症と診断されています。

 MCI(認知症も含めて)を早期発見するには、病院の「もの忘れ外来」「認知症外来」などで医師の診察を受けることをお勧めします。もし、診察を受ける病院が不明な場合は、地域包括支援センターに相談しましょう。MCIへの適切な対策で1年に16〜41%が健常な状態に戻ることは前述しましたが、一方で、半数以上は進行してしまうことを意味します。早期に発見することで、症状が進む前に認知症に対する知識を深められます。また、今後の治療方針や将来の介護プランを決めておくこともできます。つまり、症状が進行した時に備えて、早い段階から周囲の人々(家族や医師を含む)と今後の対策や希望について相談できることも早期発見のメリットと言えます。

 高齢者の中には漠然とした認知症への不安や恐怖から、診察を受けることを拒む方が少なくありません。認知症への不安や恐怖は「知らない」ことに起因しています。正しく「知る」ことが不安の払拭に繋がりますので、診療を受け、正しい知識を身につけましょう。

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